- 2014.07.31
- コラム
「その日は必ずやってくる」 / 小林一人
スイングの状態について訊かれると、
「ドライバーとパターを除いた12本のクラブは、ほぼ自分の中ではアイアンというか、あくまでピンにアプローチしていくクラブとしてイメージできています」
彼はそう言ったのだ。
ドライバーがアイアンほど思い通りに打てないので、日本での合宿ではドライバーを重点的に練習してきた、という文脈の中で出た言葉だったのだが、裏を返せば、アイアンと4番ウッドはほぼ思いのままに操れるということであり、スイングに対して、ある程度自信を持って今年最後のメジャーに臨めるのだなと理解できた。
今年の5月、最終組でプレーした中日クラウンズの最終日に付いて歩いたのだが、本人の言葉通り、ドライバー以外に関してはほぼ完璧だった。驚いたのは3番ホールだ。和合の3番は距離が長く、林の切れ目から吹き込む風が読みにくいパー4で、ティショットがかなり難しいのだが、石川は4番ウッドで強烈なローボールを放ち、苦もなくベストポジションにボールを運んで見せたのだ。
私はティグラウンド後方の狭い急斜面に陣取り、そのティショットをかぶりつくように見ていたのだが、紛れもなくワールドクラスのショットであり、この球を打てるなら海外での優勝も近いな、と予感せずにはいられなかった。
記者会見でそのショットについて訊ねると、「あのショットはアメリカでプレーしていて必要だな、と感じたショットで、かなり練習しました。あのショットを持っていると、自分にとってのバロメーターにもなります。また、いざというときに使えるショットなので、身に付けておいてよかったなと思いますし、今回の全米プロでも使う場面がけっこう多いと思います」と、やはり彼自身ウイニングショットと考えているようだった。
記者会見は30分ほどの短い時間だったのだが、囲み取材を日常的に行っているわけではない私にとって、「石川遼」の言葉は新鮮だった。まず、これほどまでにスイングと正面から向き合っている選手は初めてだったし、自分自身の動きを理解しながら、1歩ずつ前進しようとしているのだな、と思った。そしてまた、結果よりも質を重視する志向と、自らのパフォーマンスを上げていくことへの強烈な渇望が垣間見えた。
「ドライバーからパッティングまで、いまのショットはどのレベルまでだったら通用するな、このレベルだったら通用しないな、というのを1ショットごとに自問自答しながらやっているんですけど、それがもしかしたら、気持ちを強く持つために必要なことかもしれません」
「いまのアイアンが打てれば、オーガスタの6番のパー3でピンが右の狭い所に切ってあってもうまく打てる、とか、そう考えることで向上心の部分を保っています。自分の中にはつねに、メジャーの開催コースだったり、オーガスタというコースがあって、どんなコースでプレーしていても、そこを見てやっているというところが、いまの自分のメンタル的な部分の支えになっていると思います」
「セガサミーでは、いまのショットだったら世界のどこにいっても通用するな、と胸を張れるショットがあまりにも少なく、逆に、アプローチやパットという部分でカバーして優勝できた感じでした。だから勝った瞬間も、物凄く嬉しいという感覚はなくて、まだまだだなと思っていました」
結果重視論者からすれば、理想を求め過ぎだと思えるだろうし、実際、そういう声も聞こえてはくるのだが、直接本人の口からビジョンを聞くと、このまま思う通りに歩んでいけばいいじゃないか、いや、そうして欲しいと願わずにはいられなかった。
きっと彼には、われわれの見えないものが見えているのだろう。
アンダーパーを出せない人間と、4番ウッドでピンを狙える人間とでは、同じホールにいても見えてくる景色が違うし、設計家の意図が変わってくるものだ。石川遼というプレーヤーは、現在の自分の立ち位置からメジャートーナメントの舞台を眺め、高いポテンシャルを誇るコースがゴルファーに与える課題を1つ1つクリアしようとしているのだ。
その姿はオールドマンパーと対峙したボビー・ジョーンズと重なるし、石川遼のゴルフに対する姿勢はある意味アマチュア的だ。きっと彼はお金のためにプレーしたことはないだろうし、これからもないだろう。「上手くなりたい」という本能によってのみ突き動かされているのだろうし、だからこそ、刹那的で美しいともいえる。
もうしばらくすれば、課題がクリアできるようになるはずだし、そうなれば自ずと結果は出るだろう。それが全米プロであるとは限らないが、いつかその日は必ずやってくる。
小林一人 / Kazuto Kobayashi 1966年 神奈川県生まれ。 東京大学時代はゴルフ部に所属。 卒業後は広告代理店電通を経てゴルフ専門誌『ゴルフトゥデイ』編集長に就任。 部数を飛躍的に伸ばした後にフリーのゴルフジャーナリストとなる。 スイングに関する膨大な知識と理解力はトッププロやプロコーチから一目置かれ、彼らとのコラボで世の中に発信したレッスン書は大勢のゴルファーに影響を与えている。 近著に『トッププロが打ち明けたゴルフ上達の裏ワザ』(双葉社)。 |